イスラーム学 - 中田考

イスラーム学

Add: cajek14 - Date: 2020-12-12 00:28:33 - Views: 5408 - Clicks: 2621

島田裕巳, 中田考 著、幻冬舎、年1刷、207p、18cm、1冊 帯 カバー、経年-並上【幻冬舎新書395】 世界はこのままイスラーム化するのか <幻冬舎新書 し-5-9>. 中田/考 1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。同志社大学一神教学際研究センター客員フェロー。東京大学文学部イスラム学科卒業。同人文科学研究科宗教学・宗教史学修士課程修了。カイロ大学文学部哲学科博士課程修了。. 老いを迎えるすべての人たちへ--イスラーム学者・中田考と仲間たちが贈る、身もふたもない人生の真実。 目次 目次を見る はじめに 人は死に、今生に意味はない(中田考) 第1章 死に方入門(中田考). 中田考 : 1960年生まれ。イスラーム法学者。灘中学校、灘高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(Ph.D)。. 殺人、強盗、姦通、飲酒もイスラームだというのは、直感的になにかおかしい気がすると思いますが、これを日本人に置き換えてみるとその奇妙さがはっきりするでしょう。殺人、強盗、姦通、飲酒などを行っても日本の法律では日本国籍を奪われることはないので、その人間が日本人であることには変わりはありません。だから殺人、強盗、姦通、飲酒も日本人の特徴だと言えないことはありません。ところが日本の法律では外国の国籍を取得すれば日本国籍を失いますから、日本人は、殺人、強盗、姦通、飲酒はおろか、外国と通謀して日本の武力侵略の手助け(外患)を行うことは許していても、外国の国籍を取ることは許さない、と言うこともできます。 日本のことを少しでも知っている人間なら、こうした言い回しがおかしいことは常識でわかりますが、日本についてまったく知識がなければ、これを聞いて日本は極端にナショナリスティックな狂った国と誤解するかもしれません。イスラームについても同じです。イスラームについての知識がほとんどない日本人に対してイスラームを語る場合には、論理的に正しいだけでなく、誤解を招かない適切な言い回しをするように慎重に配慮する必要があります。 属性ではなく、行動の動機をイスラームの教義で説明する場合はまた別の問題があります。先ほど述べた殺人、強盗、姦通、飲酒によって、ムスリムが必ずしもムスリムでなくなるわけではない、言い換えればその「イスラーム性」が否定されないからと言って、ムスリムが殺人、強盗、姦通、飲酒を行った場合、そのムスリムが殺人、強盗、姦通、飲酒を行ったのは、イスラームの教義のためだ、あるいはそういう罪を犯した動機はイスラームの実践を意図してだ、と言うのが正しくないのは自明、と言っても異議はあまり出ないと思います。しかし、一日に5回礼拝をした、ラマダーン月に斎戒断食をした、マッカに巡礼に行ったのは、イスラームの教義のためだ、あるいはイスラームを実践するためだ、と言うのは一見すると正しそうに思えます。しかし必ずしもそうではありません。 たとえば、あるムスリムがラマダーン月に斎戒断食はしていても、一日に5回の定時の礼拝はしていなかったとすれば、イスラームの教義にあるにもかかわらず礼拝はしないのに斎戒断食はするのはイスラームの教義にあるからだ、となぜ言えるのでしょうか。斎戒断食するのはイスラームの教義に. イスラーム学 - 中田考/著 - 本の購入はオンライン書店e-honでどうぞ。書店受取なら、完全送料無料で、カード番号の入力も不要!お手軽なうえに、個別梱包で届くので安心です。宅配もお選びいただけます。.

中田考氏が「イスラーム国」のリクルート組織の一員か? と問われれば、私は捜査機関ではなく、個人的に付き合いもないので本当のところは調べようがないのですが、イスラーム政治思想を研究し、グローバル・ジハード現象を研究してきた立場からは. イスラーム学 - 中田考のページをご覧の皆様へ HMV&BOOKS onlineは、本・CD・DVD・ブルーレイはもちろん、各種グッズやアクセサリーまで通販ができるオンラインショップです。 Pontaポイントもつかえて、お得なキャンペーンや限定特典アイテムも多数!. 『イスラームの論理と倫理』(中田考) のみんなのレビュー・感想ページです(2レビュー)。作品紹介・あらすじ:イスラームは、穏健で寛容で民主的な、平和の宗教か?かたや男性・イスラーム法学者にしてイスラム教徒=中田考。かたや女性・イスラム思想研究者にして非イスラム教徒=飯山陽. 宗教学とイスラーム研究 : 規範的アプローチの構築のための準備作業(イスラームと宗教研究) 中田 考.

イスラム教が怖い。イスラームの魅力を教えてほしい。ハサン中田考著の「イスラーム生と死と聖戦」(集英社新書)を読んで以来、イスラム教が怖く感じられるようになりました。 それ以前は、民族学者の片倉ともこ女史の著作や文化人類学者の嶋田義仁氏の著作から比較的いいイメージをもっ. イスラーム法学者の中田考氏とイスラム思想研究者の飯山陽氏による共著『イスラームの論理と倫理』(晶文社)が刊行された。 イスラーム研究を専門としつつも、異なる立場、異なる価値観から日頃言論活動を行っている両者の議論の対立は、SNSなどの. 中田考『イスラームのロジック』講談社〈講談社選書メチエ〉、年12月。 isbn。 中田考『私はなぜイスラーム教徒になったのか』太田出版、年。 isbn。 関連項目. Contents1 日本語で読めるイスラーム入門におすすめの本1. 飯山陽さんは、私にとってなによりもイスラム学研究室の後輩です。東京大学文学部に日本で初めてのイスラームの専門研究コースとしてイスラム学研究室が創設されたのは1982年で、私はその一期生でした。私はイスラム学研究室に進学し1984年に学士号、1986年に修士号を取得した後、エジプトのカイロ大学に留学し、1992年に「イブン・タイミーヤの政治哲学」をテーマに文学部哲学科から博士号を授与され、その後1992年から1994年にかけて外務省から「サウディアラビアの内政における宗教勢力の動向」の調査を委嘱されサウジアラビアの日本大使館で専門調査員を務め、その後日本に戻りました。 私がイスラム学研究室に在学した時代には、出版されているイスラーム学の古典の数は限られており、東大のイスラム学研究室も含めて日本の大学や図書館には基本文献さえも揃っていませんでした。アラビア語やペルシャ語などの原典を手にすることができないだけでなく、欧文の学術雑誌の研究論文を海外から取り寄せることは言うに及ばず。Index Islamicusだけでは最新の研究を検索することすらままなりませんでした。インターネットもパソコンもまだ普及しておらず、私の卒論も修論も手書きでした。隔世の感があります。 飯山さんは1998年にイスラム学研究室の修士課程に進学していますので、私より一回り以上後輩ですが、既に研究室にアラビア語などのイスラーム学の基本文献、主要な学術誌、欧米の最新の研究書は一通り揃い、個人でもメディアがカバーしないどんな僻地であれ、爆弾の降り注ぐ紛争地であれ、リアルタイムの現地の映像、情報をインターネットでリアルタイムで入手できる研究環境でイスラーム研究を始めていることになります。. 中東研究者・内藤正典×イスラーム学者・中田考がイスラーム差別を語る「難民を生み出し、彼らを殺しているのもヨーロッパ人」 昨年1月に起きたフランスのシャルリー・エブド襲撃事件に続いて、11月にはパリ同時多発テロ、今年の3月にはベルギーの. イスラームの教義に照らして他者としてのムスリムの行動を説明するイスラーム地域研究が抱える方法論的問題について語り始めるときりがないのですが、もはや与えられた字数を大幅に超えていますので、取りあえず今回はこれで切り上げようと思います。ここまでの議論からも、イスラーム学にもムスリム社会にも馴染みがない一般読者の皆さんにも、イスラーム学の立場から、イスラームを知らない読者を相手にイスラーム学の立場からムスリムとムスリム世界について語ることの絶望的な困難の一端は理解してもらえたのではないかと思います。 飯山さんとのこの対話が、日本のイスラーム研究、イスラーム地域研究におけるイスラームの理解、あるいはイスラームの理解の困難の理解のレベルの向上に貢献できることを願って最初の書簡を送ります。ミナッラーヒッタウフィーク(成功はただアッラーの御許から)。. 研究環境もずいぶん変わりましたが、それ以上に変わったのがイスラームをめぐる知的状況です。私が大学に入学した頃は学生運動は完全に下火になっていましたが、大学の人文社会科学の教員たちの間では宗教を「民衆のアヘン」と切り捨てたマルクス主義の影響がまだ強く、西欧化・近代化は進歩の不可逆な過程であり、宗教は時代遅れの過去の遺物でやがて滅び去るものと一般に考えられていました。人類の進歩にとって重要なのは社会の下部構造である経済であり、上部構造の更に上澄みに過ぎない宗教など論ずるに足りない虚偽意識(イデオロギー)であり、特にイスラームのような「遅れたアジア・アフリカ」の宗教は因循姑息な田舎の老人たちの奇習ぐらいの扱いでした。 イスラーム学 - 中田考 私が大学で最初にイスラームについて受けた講義は駒場の大教室で受けた板垣雄三先生の西洋史でしたが、板垣先生はイスラム学研究室のスタッフでもありました。板垣先生の世代の先生たちにとってなすべきことは、まずイスラームが学ぶに値することを示すことでした。そしてそれは、近代化の過程は単線的ではなく世俗化による近代化の西欧モデルはムスリム世界には通用しないこと、ムスリム社会には西欧キリスト教社会とは違う固有の力学、すなわちイスラームがあり、それを知らないとムスリム世界で起きていることは理解できないこと、そしてイスラームは西欧キリスト教的偏見を排することで合理的に理解可能である、と論じることによってなされました。 追い風になったのが、1979年のイラン・イスラーム革命でした。中世から蘇ってきたような黒い「法衣」のホメイニ師の写真を掲げた百万人を超える群衆がデモで街に繰り出し、飛行機でイランに帰国した同師を群衆が熱狂して迎える映像は、飛行機が突入し世界貿易センタービルが倒壊した年の「9・11」よりも遥かに衝撃的でした。私にとっても、イラン・イスラーム革命は、イスラーム学研究を志すことになった主要な動機の一つであり、最初のイスラム学の専門科目として最初に取った故佐藤次高先生のレポートで選んだテーマはイラン革命でした。私は卒論のテーマにはスンナ派の法学者イブン・タイミーヤの政治哲学を選びましたが、現在までイラン・ウオッチャーを続けています。 1979年にはイラン・イスラーム革命に続き、3月にはソ連がアフガニスタンに侵入しムジャーヒディーンによる反ソ連ジハードが始ま.

2 読みやすくわかりやすい入門書が欲しい方におすすめ1. Amazonで考, 中田, 陽, 飯山のイスラームの論理と倫理。アマゾンならポイント還元本が多数。考, 中田, 陽, 飯山作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. イスラームについて理解してもらうためには、先ずイスラームが知るに値すると思わせねばならず、ついでイスラームを理解するためにはそれまでの自分たちの西欧中心主義を見直さなければならないと気付かせる必要がある、と考えるのは、大学の教養課程での教育、一般向けの講演会や啓蒙書のレベルでは現在においてもなお妥当であると私は思っています。そして20世紀終盤から今日にいたるムスリム世界の歴史は、近代化の西欧モデルがムスリム世界では通用しないことを裏書きしてきた、と言うことも出来そうです。 しかしその結果として、マルクス主義の退潮のせいもあり、かつてのイスラーム軽視の反動として社会経済的要因が蔑ろにされ、ムスリムの行動をすべてイスラームに還元するような説明が横行するという反動が生まれました。西欧近代化モデルがそのままではムスリム社会に通用しないこと、ムスリムに固有の行動パターンがありそうなことが正しいことと、それをイスラームで説明することとは全く別のことです。これは実は複雑な問題なので後で詳しく論ずるとして、もう一つの問題があります。それはイスラーム学者よりむしろイスラーム地域研究者に関わります。 それは、ムスリム社会を動かしており西欧的偏見を排して客観的に観察すれば合理的に理解できるとされるイスラーム研究者が言うイスラームが、自分が知る現実のムスリムたちの実態と全く違う、という単純素朴な事実です。「穏健」で「寛容」で「平等」で「民主的」な「平和の宗教」など一体どこにあるのか、とは、中東研究者、特にアラブ研究者であれば誰でも思うことでしょう。私自身アラブ、特に私が留学したエジプトは大嫌いで、今思い出しても頭の血管が切れそうになるような体験ばかりの日々だったように思います。あくまでも印象論ですが、総じてアラブ研究者はアラブが嫌い(か大嫌い)、イラン研究者はアンビバレント、トルコ研究者はトルコ大好き(か好き)です。ちなみにムスリムでない中東研究者は例外がいないわけではありませんが概ねイスラームが嫌いです。まぁ、それが自然なわけですが。 ムスリムでも区別できない者も多いですが、ムスリムでないイスラーム学者、イスラーム地域研究者はイスラームとムスリムの言動を区別できないので、彼らにとっては自分たちが見たムスリム社会、ムスリムの言動こそが本当のイスラームであり、イスラーム研究者がこれまで. 1 『ハサン中田考のマンガでわかるイ. 1 イスラームの聖典『クルアーン』1.

中田 考(なかた こう) 一九六〇年岡山県生まれ。イスラーム学者。同志社大学神学部元教授。専門はイスラーム法学・神学。哲学博士。著書に『イスラームのロジック』(講談社)他。. / 百万年書房 / 中田考+田中真知+矢内東紀 内容紹介:人は死に、今生に意味はない。 老いを迎えるすべての人たちへ--イスラーム学者・中田考と仲間たちが贈る、身もふたもない人生の真実。. イスラーム学/中田 考(哲学・思想・宗教・心理) - イスラームの世界観を背景に激動する国際政治を俯瞰するための基本的視座を提供し、井筒俊彦が切り拓いた東洋哲学としてのイスラーム理解に新たな一歩. the pageでは、22日の午前10時から都内で行われるイスラーム学者・中田考氏の緊急記者会見を生中継します。中田氏は、昨年9月、今回人質となって. (作品社・5940円) 本質は“真のグローバリズム” イスラーム学者でムスリムの中田考氏の論文集。新旧二五編の論文が、イスラームの本質を. もともと、この本は、イスラーム学者の中田考さん(60歳)の『13歳からの世界征服』の続編として発案されました。 『13歳からの世界征服』は、お仕着せの道徳やルールにがんじがらめになっている若い人たちへの痛烈なメッセージでした。. 日本のイスラーム地域研究の方向性に反対という点では一致しても、それに対してどういう代案を提示するかに関しては、私と飯山さんでは根本的に方法論が違っています。というか、私の方法論的前提は飯山さんだけでなく、日本の、いや日本だけでなく、世界の全てのイスラーム研究者と違っているので、飯山さんとも当然違っている、という話です。 非ムスリムの研究者の場合、イスラームとは基本的に規範的概念ではなく記述的概念です。つまり問題となるのは「あるべきイスラーム」ではなく、現実に「あるイスラーム」であり、ムスリムの言動をおいてそれはありません。といっても、実際には、この区別は必ずしも絶対的でありません。「あるべきイスラーム」を知るには預言者ムハンマドをはじめとするムスリムの言行を参照するしかなく、イスラームのようにムハンマドという使徒とクルアーンという啓典を持つ宗教では、現実に「あるイスラーム」であってもムハンマドとクルアーンにどうしてもある程度は縛られるからです。特に飯山さんはイスラム学科で古典イスラーム法学基礎論を専攻しているので、クルアーンとハディースの解釈の体系としての古典イスラーム学が示す「あるべきイスラーム」の教義に照らして現実のムスリムの中に「あるイスラーム」を語る、というスタイルですので、その点では、私と同じとも言えます。 ちがいは二つあります。違いの第一は私が「あるべきイスラーム」の教義に照らして、ムスリムの現実を分析するのは、「あるべきイスラーム」の教義に照らして、現代世界においてのムスリム個人、ムスリム社会、ウンマ(ムスリム全体の集合)のそれぞれのレベルでの「あるべきイスラーム」を考え、それと現実に「ある」ムスリム、ムスリム社会、ウンマの乖離を見極め、いかにすればこの現代世界においてそれぞれのレベルの「あるべきイスラーム」を実現できるか、を考えるためです。これはたぶん飯山さんにはあまり関心はないでしょう。もちろん、一緒に考えてくれても構いませんが。 しかしより重要な違いはその「あるべきイスラーム」の内実です。ハーバード大学のイスラーム研究者W.C.スミスは、「イスラーム」という言葉には(1)個人的なアッラーとの関係、(2)ムスリムの制度化された宗教思想の、(3)歴史的な現実、文化、の三つの意味があると言います。クルアーンやハディースの用法は(1)の人間と神との. 中田考 本体5,400円 isbn発行.

See full list on s-scrap. しかし、ムスリムにとっては、人生は切れ目のない連続でありどの行いも前の行為と繋がっています。そして人間の行為は、様々な次元における複合的な現象であるため、そのイスラーム性もそれぞれの次元において解析されねばならず、それ故実際の具体的な行為は通常、イスラームに合致した次元とそうでない次元の複合であり、さらに同一次元においても真偽が混在することもしばしばです。 前節の最後であげたラマダーン月にマッカに小巡礼に来てマッカでお籠りをして礼拝していたムスリムの例に即して言えば、その経緯は以下のようだったかもしれません。彼はダールルイスラーム(イスラームの国)の国境の前線の防人(ムラービト、ムジャーヒド)だったのが、異教徒が攻め入って来たので敵前逃亡して、良心の呵責からラマダーン月に一か月のマッカの聖モスクでお籠りをしようと決意し、小巡礼(ウムラ)に出かけたものの、無計画だったのでたちまち路銀が尽きて途中で出来心から巡礼装束を盗みそのまま泥棒になって盗みを重ねつつようやくマッカに着いたけれども、空腹に負けてラマダーン月の断食を破ってしまったが、悔い改めてマッカの聖モスクに籠って夜明かしし、規定の浄化の潔斎をしないままで夜通し任意の礼拝に立ち尽くしたのでしたが、実のところその礼拝の要件の多くを間違えていた、としましょう。 そうであれば、イスラーム法を知悉した者がより詳細に見るなら、そもそも聖モスクのお籠りも、夜通し立って礼拝していても礼拝の条件である浄めを行っておらず、礼拝の式次第の要件を間違っていれば全て無効ですし、ラマダーンの昼間の斎戒断食を破っているのでそのお籠りはむしろ罪深いものです。そしてマッカに小巡礼に来たこと自体、路銀も持たず、盗みを働きながらであれば、善行より罪がまさります。これは短いタイムスパンで切り取った行為の中に善と悪、合法と不法、罪と敬虔が綯い交ぜになっている場合です。より長いタイムスパンでみれば、たとえ泥棒もせず、マッカに小巡礼をし、ラマダーン月に聖モスクにしっかりお籠りし日中は斎戒を全うし、きちんと浄化を済ませ完璧に要件を満たした礼拝を夜通し続けたとしても、ダールルイスラームを侵攻した異教徒から防衛するジハードで敵前逃亡した者は、そんなことをするより、なにはともあれ一刻も早く前線でのジハードに戻るべきなのであり、敬虔であるどころか、重罪人でしかあ. イスラーム、ムスリム、宗教、どんな疑問にもお答えします!」というイベントが開催された。出演は、中田考(イスラーム法学者)さんと島田裕巳(宗教学者)さん。 イスラーム法学では世界的権威である中田考さん(同志社大学客員教授)。.

中田考(ナカタコウ) 1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。同志社大学一神教学際研究センター客員フェロー。東京大学文学部イスラム学科卒業。同人文科学研究科宗教学・宗教史学修士課程修了。カイロ大学文学部哲学科博士課程修了。. 専門はイスラーム法学・神学。哲学博士。 著書に、シリア、イラク諸都市を席捲しているisisらイスラーム主義者のめざす、カリフ制がどんなものかを説明した内田樹との共著『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』(集英社新書)等。. 中田考『イスラームのロジック』講談社選書 年 概要: 認識が先入見と理解の間を往復しつつ進展すること(解釈学的螺旋)を前提に、20世紀に生きる日本人としての我々自身の先入見の反省から出発し、類書とは逆に「イスラームと現代世界」、「イスラームと日本. 彼女について論じる評者たちは多いが、この人の“小池観”とはいかなるものか。著名なイスラーム学者で、同志社大学客員教授の中田考氏(57)である。 ***.

中田香織; アラブ イスラーム学院; 灘高校 同期生:和田秀樹、勝谷誠彦. 『イスラーム学』(作品社) 著者:中田 考 本質は“真のグローバリズム”イスラーム学者でムスリムの中田考氏の論文集。新旧二五編の論文が. イスラームのロジック. 中田 考『イスラーム学』への橋爪 大三郎の書評。本質は“真のグローバリズム”イスラーム学者でムスリムの中田考氏の論文集。新旧二五編の論文が、イスラームの本質を多面的に描き出している。中田氏がまず強調するのは、西側の知識の歪みだ。オリエントとは. 中田 西洋の政治学の基本的な枠組みは、何人の人間が支配しているかで政体を分類しますよね。ひとりであれば独裁制、数人なら寡頭制、全員.

『70歳からの世界征服』(中田考) のみんなのレビュー・感想ページです(3レビュー)。作品紹介・あらすじ:人は死に、今生に意味はない。老いを迎えるすべての人たちへ--イスラーム学者・中田考と仲間たちが贈る、身もふたもない人生の真実。. 中田 香織(なかた かおり、旧姓:松岡。1961年 1月26日 - 年 8月16日)は静岡県出身のイスラーム学者。専門はイスラーム学ならびにイスラーム地域研究。元山口県立大学 国際学部非常勤講師。ムスリム名はハビーバ。夫は同じイスラーム学者の中田考。. 中田考ナカタコウ 1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。同志社大学一神教学際研究センター客員フェロー。東京大学文学部イスラム学科卒業。同人文科学研究科宗教学・宗教史学修士課程修了。カイロ大学文学部哲学科博士課程修了。. com/ ニュース・コメンタリ―(年10月10日) イスラム国へのリクルートはしていない 渦中の大学教授中田. 日本語による哲学とイスラームの地平融合へ:中田考先生『イスラームの論理』 6月末に中田考先生の『イスラームの論理』を再読し、その後、ナーブルスィーの『神秘哲学集成』を手に取りました(時間をかけて読むべ. (回答先: 宗教学とイスラーム研究(2) 中田考氏 投稿者 なるほど 日時 年 10 月 07 日 08:03:28) 5.イスラーム研究の研究対象 「イスラーム研究」が「イスラーム研究」を銘打つ以上、研究対象が「イスラーム」であることには異論の余地は無かろう。.

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